神に委ねる

私が追い詰められて救いを求めている時に、ある神父に出会いました。
私は当時宗教嫌いで、キリスト教にも偏見を持っていましたが、どうしようもなく追い詰められていて、カトリックの教会に立ち寄ったのです。
その教会の神父に私の宗教観や人生観、特にキリスト教に対するイメージをがらっと変えてしまいました。
神父によれば・・

「イエス・キリストは友人や親友のような存在」

「イエス・キリストと繋がるということは、自由になること」

祈り方は自由」

そういうことを教えていただきました。
クリスチャンになることは、何重にも縛られるようなイメージをもっていた私には、新鮮な驚きでした。

私は、それまで、自分の力で何でも解決しなくてはいけないと思っていました。
しかし、その神父が真摯に祈りによって、イエス・キリストに問題を委ねる姿を見て、一人で抱え込まず、イエス・キリストのような「神」に近い存在や、「神」と呼ばれる存在に救いを求めてもいいということを悟りました。

私は、みなさんに、クリスチャンになることをお勧めしているわけでもなく、カトリックがすばらしいと強調したいわけでもありません。

日本の古来からある神社に対する関わり方も、神に助けを求めてはいけないという考えを唱える人もいますが、素直に助けを求めてもいいのでないかと、今は思います。

自分が助けを求めたい存在に対して、助けを求めるのは、間違ったことではないですし、神社には、人を助けるのが好きな神様がいらっしゃると思います。

何でも検証しないと気が済まない私は、様々な場面でそれから助けを求める祈りを捧げるようになりました。

そうすると、嘘のように助けられたり、状況が好転することが多いように感じます。

特に人間関係には、神に祈ることによって何度も助けられました。

どれだけ嫌なことがあっても、イエス・キリストや神に対して祈りを捧げると、気持ちが嘘のように楽になります。許せない人に対しては「許そう」という気持ちになります。不思議です。